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東京地方裁判所 平成2年(ワ)14621号 判決

原告

谷川寿光

被告

右代表者法務大臣

左藤恵

右指定代理人

田口紀子

外四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一〇万円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (中央競馬の違法開催)

(一) 日本中央競馬会は、中山競馬場において、昭和六〇年、六一年、六二年、平成元年及び二年の合計五年間に、それぞれ年五回にわたり、中央競馬の開催を行った。

(二) 競馬法(平成三年法律第七〇号による改正前のもの。以下同じ。)三条一項本文においては、中央競馬における一競馬場ごとに開催できる競馬の回数は年三回と定められているところ、中央競馬の右各開催は、右条項に反する違法なものである。

2  (農林水産大臣の権限不行使の違法)

競馬法一八条の二には、農林水産大臣は、日本中央競馬会が、同法に違反して中央競馬を行った場合には、同会に対し、中央競馬の停止を命ずることができる旨が定められているところ、農林水産大臣は、前記1の中央競馬の違法開催に対して、故意又は過失によって停止命令を発しなかった。

右権限の不行使は、農林水産大臣の裁量の範囲を逸脱した違法なものである。

3  (損害)

(一) 前記1の中央競馬の違法開催の結果、開催日には中山競馬場に多数の競馬ファンが押し寄せ、同競馬場周辺では、極端な交通渋滞が生じる。

(二) 原告は右競馬場から五〇〇メートル以内に居住し、電気工事店を経営しており、同店では常時自動車を四ないし五台使用しているが、競馬の開催日や場外馬券発売日には、前記渋滞の結果、従業員が店に帰って来る時間が通常の日よりも二〇分から四〇分程度遅れてしまう。これによって前記五年間に原告に生じた損害(余計にかかったガソリン代、時間的損失及び精神的損害)の額は一〇万円を下らない。

4  よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、金一〇万円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1(一)は認めるが、同(二)は争う。

請求原因2は争う。

請求原因3は不知。

三  抗弁

1  競馬法二条は、中央競馬の競馬場は、札幌、函館、福島、新潟、中山、東京、横浜、中京、京都、阪神、小倉及び宮崎の一二箇所とする旨を定め、同法三条一項但書は、中央競馬の開催について、天災地変その他やむを得ない事由に因り、一競馬場において年三回開催することができないときは、その開催することのできない回数の中央競馬は、他の競馬場において開催することができる旨を定めている。

2  しかるに、宮崎競馬場においては赤字がでるという経済的実情があることにより、また、横浜競馬場においては馬場がなく敷地は公園等として利用されていることにより、いずれも競馬の開催は不可能な状況にあるので、本件中央競馬の開催は、中央競馬会が、宮崎については経済的実情が、横浜については馬場が存しないことが競馬法三条一項の「やむを得ない事由」に該当するとして中山競馬場で右両地における不開催分を開催したものである。したがって、本件中央競馬の開催には同条違反の違法はない。

四  抗弁に対する認否

抗弁は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

請求原因1(一)(中山競馬場における中央競馬の開催状況)については当事者間に争いがない。

しかしながら、競馬法三条一項但書には抗弁1記載の定めが存するところ、弁論の全趣旨によれば、日本中央競馬会が右のとおり年三回を越えて中央競馬を開催したのは、宮崎及び横浜競馬場における不開催分を開催したものであることが認められる。そこで、宮崎及び横浜競馬場における右不開催に同法三条一項但書にいわゆる「やむを得ない事由」があったか否かについて検討すると、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、競馬法三条一項但書は、「天災地変その他やむを得ない事由により、一競馬場において年三回開催することができないときは、その隣接競馬場において、年四回開催することができる。」と定められていたものが、昭和二六年法律第一四一号によって、「天災地変その他やむを得ない事由に因り、一競馬場において年三回開催することができないときは、その開催することのできない回数の国営競馬は、他の競馬場において開催することができる。」と改められたものであるところ(なお、昭和二九年法律第二〇五号により、競馬法中「国営競馬」は「中央競馬」と改められた。)、右改正の趣旨は、国営競馬の開催が諸般の事情により不能となっている競馬場の開催回数分の競馬を他の競馬場において開催し、もって国営競馬に馬を出走させる馬主の経済状態の安定を確保し、資源としての優秀出走馬を涵養するとともに、あわせて国庫収入の増加を図ったものであること、右改正当時、国営競馬の開催が不能となっていた競馬場の内には、横浜、宮崎各競馬場があり、その理由は、横浜競馬場においては馬場が存在しなかったことであり、宮崎競馬場においては赤字が出るという経済的事情が存在したことにあること、右改正以後現在に至るまで、横浜、宮崎各競馬場の右状況に変化は見られないことが認められ、右の事実によれば、横浜、宮崎各競馬場において中央競馬が開催されなかったことには競馬法三条一項但書にいわゆる「やむを得ない事由」が存するものと認めるのが相当である。

以上によれば、前記の中山競馬場における中央競馬の開催状況には違法はないというべきである。

そうすると、その余の点については判断するまでもなく、原告の請求は理由がなくこれを棄却すべきものである。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小川英明 裁判官山田俊雄 裁判官内田博久)

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